※この文章は、株式会社未来の図書館研究所さまが発刊するNEWS LETTER(No.5、2021年7月1日)に掲載された小宮山剛執筆の記事について、ウェブ転載許可を得たうえで再掲したものです。校正の都合などで上記未来の図書館研究所様のNEWS LETTERと内容が異なることがありますのでご了承ください※
◆椎葉村図書館「ぶん文Bun」の開館後:「秘境は遠い」、「コロナ禍で行けない」……ぜ~んぶ追い風に!
日本三大秘境、椎葉村。九州のほとんど真ん中、宮崎県と熊本県の県境に位置するこの山村に、全国を探しても他には見当たらないほどにユニークな図書館が完成した。「図書館と地域をむすぶ協議会」のチーフディレクターである太田剛氏のプロデュースを受けて2020年7月18日にオープンした椎葉村図書館「ぶん文Bun」(以下、「ぶん文Bun」)の開館準備秘話については、『みんなの図書館』の2021年5~8月号にかけて掲載されている「図書館の夜を乗り越える:日本三大秘境椎葉村、クリエイティブ司書爆誕秘話」に詳しい。
本記事を執筆しているのも、ぶん文Bunのクリエイティブ司書である小宮山剛である。「クリエイティブ司書」とは椎葉村地域おこし協力隊のミッション名であり、椎葉村役場が新しく交流拠点施設を建造する際に、その中に設置される図書館の立ち上げ・運営を任せるための役割として募集をかけたものである。
本記事ではぶん文Bun開館からおよそ1年が経った2021年6月現在までにおける同館運営の様子をご紹介しながら、日々の活動に込めるぶん文Bun運営の哲学をご紹介したい。そんな中で特に強調したいのは、コロナ禍真っただ中に開館したぶん文Bunがいかにして逆風を追い風に変えようとしているのかということである。また「日本三大秘境」と言われるだけあってどの空港・鉄道駅からも車で2時間程度かかってしまう山村の地であるという逆風(地理的ビハインド)に対しても、どのように取り組んでいるかをご紹介したい。
◆「子どもたちのため」だからこそ大人が楽しむ
ぶん文Bunの立ち上げ時に通底していたキーワードは「椎葉の子どもたちが楽しむ場であること」だった。立ち上げ計画が発起したときの椎葉村長もそのことを強く唱え、蔵書構成における漫画の比率を高めることなどを図書館設立メンバーに要求していた。
この当初の方針を受けて、子どものためにと背の低い書架ばかりを採用したり、子ども向けの本ばかりを購入したりという図書館づくりにならなかったことは非常に良かった。なぜなら「子どもが本に親しむ」ためにはまず、彼らにとって身近な「大人」こそ本に親しむ必要があるからだ。
その点に関する椎葉村の哲学に目を向けると、たとえば令和3~7年度にかけて実施する「椎葉村子ども読書活動推進計画」の「基本的な考え方」の項目は次のように締めくくられている。
この計画の主体は子どもたちですが、同時に大人の読書活動の推進も見据えています。大人たちの洗練された読書習慣が村内に根付き、子どもたちが自然と大人たちの読書スタイルを真似るようになることで、何世紀も受け継がれる「読書文化」が椎葉村にて醸成されることを大きなねらいとします。
「椎葉村子ども読書活動推進計画」(令和3~7年度施行)
上記の文面について私自身も強く提言をしたとおり、大人が楽しまずして子どもが楽しむことはありえない。現状として子どもたちだけに「本を読みましょう」と声をかけるような読書推進施策が多いように見受けられるのだが、そのほとんどが空淋しいのは、その計画を推進する大人自身や子どもたちの傍にいる大人たちが読書を楽しんでいないからではないだろうか。
ぶん文Bunの場合は、子どもだけにターゲットを絞った読書推進を行わないようにしている。よくある「読書感想文」についても、多少敷居が上がり応募数が減ってしまってもいいから骨太な読書体験をしてほしいということで「ぶん文Bunレビューキャンペーン」という独自の企画に組み上げた。
WEBからの応募だけでなくオリジナルの原稿用紙も用意しているので、お子さまからの可愛い感想文も寄せられている。しかしながらぶん文Bunレビューキャンペーンの「主戦場」は大人の本気の読書感想文にあり、数千字にわたる熱烈レビューを何度も提出して1人で10冊以上のレビューを応募した方がいらっしゃるほどだ。
レビューの提出にみられる実績以外にも、ぶん文Bunでは子ども連れの親御さんのほうが本に夢中になっている姿がよく見受けられる。子どもたちはそんな大人の姿を見ながら、本は「かっこいい」「楽しい」ものだと認識することだろう。
◆今だからこそ「遠くて身近な椎葉村」を演出
「椎葉まで遊びに来てください」と都市部の方にお誘いをかけると「遠いですから……」というお返事が返ってくることがしばしばある。熊本市からも宮崎市からも車で3時間程度。最寄りの熊本空港からも2時間半。もちろんのこと電車は通っていないし、一番近い都市部である日向市(宮崎県)との唯一の交通手段であるバスに関しては一日にわずか2往復半しか便がない。この状況では「そうですよね」としか言いようがない。
そしてコロナ禍である。2020年7月に開館したぶん文Bunは、常に感染症の脅威にさらされ続けている。椎葉村だけではなく、東京でも大阪でも福岡でも全国どこでも「集まれない」「行けない」「来られない」という言葉が溜め息とともに吐き出され続けている。
しかしながら、全国のみならず世界中を危機に陥れているコロナ禍は、都市部と地方の価値観を大きく変転させる機会でもある。たとえば、ご存知のようにリモートワークが当然となった昨今では、働き手の所在に起因するタイムラグやハンデはほとんど無くなったと言ってよい。インターネット環境さえあれば東京都千代田区でも宮崎県の椎葉村でも変わりなく仕事ができるのだから、もはや都市部にオフィスを構える必要はないとか、高い家賃を払う必要はないという考えになるのは自然な考えである。満員電車に辟易としながらも仕方なく都市型の勤労を続けていた人々が、次第に田舎へと目を向け始めているのだ。
この状況を最大限に活用するべく、ぶん文Bunは「遠くて身近な椎葉村」を演出し全国にファンを獲得している。全国どこでも人が集まれない一方で全国どこでもインターネットによって繋がりあっているということは、都市部も地方も「横並び」ということだ。情報の発信機会に地方格差がなくなった今、コンテンツに魅力がある者こそが突出することができる。
何かオンラインでコンテンツを発信しようとすると、まず思いつくのがオウンド・メディア更新とSNS発信である。これについては至極当然のものとして行い、先述のぶん文Bunレビューキャンペーンについても全件をWEB掲載するなどしてコンテンツを生み続けている。
私はその他の特別な魅力を生むコンテンツを考案するにあたり、コロナ禍の悪化により開催できなくなったものを取り戻したいと考えた。「読書会」である。
ぶん文Bunは木曜日・金曜日・土曜日にかぎり21時まで開館しており、また飲食やおしゃべり、「文化的飲酒」についても禁止していないので、大人たちが集う「ワイン片手に読書会」や「おしるこ読書会」などが有志読書会の手で開かれていた。こうした大切な場も、コロナ禍が悪化し自粛気風が高まると、リアルの場での開催がなくなってしまった。
全国でオンライン会議が普通のものとなった今、読書会を通じて全国の方々とぶん文Bunを繋ぐには絶好の時代である。一方で読書会というと「課題本がある」とか「堅苦しい」というイメージをお持ちの方が多いと考えられるので、誰でも気軽に本を紹介しあいながら語らうことができる会をデザインする必要があった。
実は私の発案ではなく先述の有志読書会メンバーの発案なのだが、「積読」に着目したオンライン読書会である「積読読書会」を月に1回開催している。「読んだ本」ではなく「いつか読むつもりの本」であればきっと誰しもが抱えていることだろうし、積読の内容を「こんな感じだと思う」という予測でいいから語り合う会というスタンスを設定することで「読まなくたって、語っていいんだ」と本にふれるハードル自体を下げる効果もある。もちろん読書会の際にはぶん文Bunの宣伝を行うので、月一回集客してオンラインでぶん文Bunのセミナーを行っているような性格もある。
2021年3月の第1回開催から第3回までに合計20人以上の方に御参加いただいた。椎葉村外の方がほとんどで、コロナ禍を気にせず自由に語らうことができる貴重な場としてご活用いただけているのだと考える。
積読読書会を数回開催してわかったのは、椎葉村のような比較的コロナの影響を受けづらい山村よりも、都市部の方々のほうがこうした催しを求めていらっしゃるということだ。積読読書会を通じて「自宅と職場の行き来で仕事以外の話をする時間がなかったので、積読読書会がいい息抜きになった」というお声もいただいた。それはつまり、ぶん文Bunの存在がその方にとって大きな心の拠り所となったと言えるだろう。
◆逆境を越え、図書館を超えていく
コロナ禍は、我々に非常に窮屈で生きづらい状況を強いている。「誰かと語らう」という当たり前の日常が失われたいま、秘境の地からそうした場づくりを提供することの意味は大きい。積読読書会に御参加いただく皆さまは往々にして「いつかコロナ禍が終わったら椎葉村に行きますね」と言ってくださる。その「いつか」まで過ごす毎日が軽やかなものになる手助けを図書館の立場から提供できるのであれば、ぶん文Bunは今や単なる「文化施設」ではなく「心のライフライン」であると言えるだろう。
「秘境は遠い」、「コロナ禍で行けない」といった逆風を追い風に変えることで、ぶん文Bunは図書館を超えていくのだ。
◆小宮山剛プロフィール
1990年、福岡県・博多生まれ。2019年4月から椎葉村地域おこし協力隊の「クリエイティブ司書」に着任し、2020年7月にオープンした椎葉村図書館「ぶん文Bun」のプロデュースを手がけた。プロデュースの軸は「本を探すのではなく、本と出会う図書館」や「子どもたちが大人になったらまた帰りたくなる場所」であり、そうした図書館づくりを検討するなかで、独自分類法を採用した心躍る図書館づくりを実践してきた「図書館と地域をむすぶ協議会」の太田剛氏と出会うことになる。学歴は東福岡高等学校卒業、慶應義塾大学文学部(英米文学)卒業。職歴は都市ガス会社社員、石油系業界新聞紙記者の後に現職。今の時代を生きるのに手放せない1冊は、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』。
◆未来の図書館研究所情報
設立 2016年(平成28年)4月5日
資本金 1000万円
代表取締役所長 永田 治樹
取締役 梶川 悦子
取締役 齋藤 正美
取締役 加賀美 徹
取締役 太田 正樹
所在地:〒113-0033 東京都文京区本郷4-9-25 2階
電話番号:03-6673-7287
業務内容
1.図書館等のコミュニティ施設に関する調査・研究の受託及びコンサルティング
2.図書館等のコミュニティ施設の企画,設計,開発,運用並びにこれらに関するコンサルティング,ソリューションサービス,商品販売及び賃貸
3.上記に関する設計,監理,組織の運営,施設・設備の運用,情報提供サービス,講演会・セミナーの開催,教育・研修の受託,出版物(電子コンテンツを含む)の制作・販売及び賃貸
4.前各号に附帯関連する一切の業務
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当研究所員が携わった仕事(2021.3現在) 当研究所員が携わった仕事(PDF)をこちらよりご覧いただけます
引用元:http://www.miraitosyokan.jp/about/information/(2021年7月8日)